NEW!! (2026/07/06 18:34)
ギャレット・デンボウのアマチュアキャリアを調べるとなかなか面白い。
彼はトレイ・ボイドIIIのようにディビジョン1のエリート校でバリバリのキャリアを積み上げてきたわけではなく、ほとんどNBAからお声のかからないディビジョン2をステージにして3回も転校を経験しているバスケ・ノマド。
『Ashland Source』によると、
1校目:チャールストン大学(1年生)
離脱の理由:チームスタイルとのミスマッチ
背景: 1年目は12試合の出場にとどまり、合計54得点。当時のチームの戦術や育成プログラムが自身のオフボールシューターのスタイルに合わず、本人は「バスケへの情熱そのものが薄れていくのを感じた」。起用方法や戦術面でのミスマッチが原因で、1年で環境を変える決断。
2校目:ウェストリバティ大学(2年生)
離脱の理由:スカラシップの不支給
背景: 実は高校卒業時にこの大学から奨学金のオファーを受けていたものの断っていた経緯があり、再起をかけて「スカラシップなし(自費)」の条件でロースターに入り直す。このシーズン、デンボウは全32試合に出場し、3ポイント成功率44%という素晴らしい結果を残す。
しかし、全米2位にもなった強豪チームだったため層が厚く、彼は一度もスターターになれず、シーズン終了後、コーチ陣から「来シーズンもスカラシップは出せない」と告げられたため、選手としてのステップアップと経済的な理由から、再び転校を余儀なくされる。
3校目:アンダーソン大学(3・4年生)
大ブレイクして定着
背景: 3校目のアンダーソン大学で、ついに「不動のスターター」の座と奨学金を勝ち取る。2シーズンにわたりエース級のシューターとして大爆発し、全米トップクラスのシューターとして評価を確立、一躍Gリーグのドラフト指名へと繋がる。
当時のアンダーソン大学のコーチ(Jimmie Williams氏)も、彼の人間性について次のように評す。
「ギャレットはどんなにチームが苦しい時期(3年目はチームが2勝しかできない暗黒期でした)であっても、決して腐らず、希望を失わなかった。いつでも前を向いて『大丈夫、次だ』と言える人間だ」